ぎふHM 2022年度
HM第15日目
テーマ:地域の社寺建築や民家等の歴史的建築物とそれに関わる建築資料調査・保存活用に
ついて(講義①)
実際の事例を対象に、修理・活用計画を作成し、討論などを通じ、破損状況に応じた
修理方針を立てる(講義②)
日時 :令和5年2月4日(土)13:00~17:10
場所 :OKBふれあい会館 3階 302大会議室
参加者:32名+あいちHM協4名
石黒会長による第15日目挨拶
地域の社寺建築や民家等の歴史的建築物とそれに関わる建築資料調査・保存活用について
(講義①)
元博物館館長 髙橋宏之氏に講習して頂きました。
1.建築年代を示す資料
1 棟札
・建物の新築、再建、修理などの折に作られるもので、工事の内容、年月日、施主、大工など
施工者の名前、願文などが記されている。
2 普請帳
・社寺や民家などを建てたときの関係文書を綴ったもの。
(例)髙橋家住宅(県指定)の普請帳『普請諸事覚長』(文化6年3月吉日)
記載項目:大工渡し方覚、金渡し方覚、畳之覚、左官覚、大工振舞①、大工祝儀覚、
かやかり、建具之覚、大工振舞②、栃之覚
3 墨書
(例)武並神社本殿(国指定、永禄7・1564再建)
寛文11・1671修理時の墨書
「西之妻 寛文拾壱年 亥之 極月廿日ニ此板打申候」
4 瓦銘
・瓦に生産者や施工した年月日などを刻印したり墨書きしたのもの。
5 伝承
・地震や火災、社会的に大きな事件などの年を起点とした新地、再建などの伝承。
(例)牧村家住宅(国指定 元禄14・1701頃)の伝承
「元禄15年の赤穂浪士討入りの前年に建てた」(当家の云い伝え)
6 普請帳以外の文献資料
・民家などにおける代々の日記帳
(例)旧岡田家住宅(国登録文化財)、都筑家住宅(国登録文化財)など
設計図書、家相図など、社寺などの記念誌、その他
7 その他
・建築儀式などに使用した槌(墨書)、式次第文書など。
・社寺建築などの設計に使用された型紙などの資料で記年銘のあるもの。
・古写真、その他。
2.民家における痕跡の調査
1 後補柱の見分け方
・1 風蝕、煤け具合、仕上、材種が他の柱と違うかどうか、これらは柱位置、方位、風の当た
り具合によって違うから、それらを考慮したうえで比較、判別する。
・2 柱の面(隅の落としてあるところを面という)の幅が違うかどうか。(面と時代の参考図
は後日配布予定)
・3 柱は一般に同じ荷重を受けるところでは同じ太さのものを使う。太さが特に違うときは疑
ってみる必要がある。
・4 相対する柱の一方に仕口の痕跡があり、片方の柱にそれに対応する痕跡がないとき。
この場合は
1)片方の柱が後補か
2)その間にもう一本柱があったか
3)柱の向きや位置を動かしたか
4)別の建物の古材を利用したか
5)片引戸のように左右違う間仕切装置があったか
・5 柱の礎石から梁まで達せず床面など途中で止まっているときは後補のものが多い。
・6 後入れの柱では柱にほぞをささず、押し付けただけのものもあり、またほぞ穴が他に比べ
て浅いことがある。また、梁に柱を横から押し込むための切欠きのあるとき、柱芯と梁芯
がずれているときも後補の時が多い。
2 失われた柱の証拠
・1 梁や桁に柱のほぞ穴が残っているとき。
・2 床下に柱の下部が残っているとき、柱と床束では太さ、面の大きさ、材質が違うので判別
できる。
・3 鴨居や指物の上に柱の上部が残っており、その切り口が新しいとき。
・4 その部分の長押を打ち替える時も柱を取り去っている事が多い。
・5 新しい指物や梁が入り、柱間が特に広いとき。
・6 構造上当然あると思われるところに柱が無いとき。
3 後補の指物の証拠
・1 片方だけにほぞがあり、一方にほぞが無いとき。
・2 片方を大入れにせず横から押し込んでいるとき。
・3 片方の柱が取り替えられているときは当初柱に旧鴨居のための別の仕口がないかを調べ
る。
・4 他の指物に比べて、仕上、材質、煤け具合、形状に変わりがないかどうか。
4 土壁の証拠
・1 柱に貫穴、小舞穴があいているとき。
・2 梁や桁に間柱の穴、小舞穴があるとき。
・3 外壁の柱で、柱の外面から少し内まで風蝕し、それが土壁の厚さを引いたくらいのとき。
・4 小舞をさす板の釘穴があるとき。
・5 小舞をもたせる楔穴があるとき。
5 板壁の証拠
・1 柱に板をはめ込む溝があるとき。
・2 桁、梁、鴨居、敷居、貫などの水平材に板をはめ込む溝があるとき。
・3 貫に板を打った釘穴があるとき。
・4 柱に胴縁(幅1~1、5寸、せい2~3寸くらい)の穴があるとき。
・5 柱にパネルを打ち付けた釘穴があるとき、このときは柱面の風蝕、煤け具合を見て、土壁
か、板壁かを決める。
6 開放の証拠
・1 柱に壁の痕跡がないとき。
・2 柱に敷居、鴨居の痕跡がないとき。
・3 框の上に敷居を重ねているとき。
・4 鴨居が後補で、元は開放のことがあるから注意してみる。
7 上ゲ戸の証拠
・1 鴨居の上までの柱の溝。
・2 溝のための桟を柱に打ち付けた釘穴。
・3 戸の幅だけ小さくした鴨居、戸袋の痕跡。
8 窓の証拠
・1 窓台の存在、あるいはその柱への仕口跡。
・2 格子の横木の穴。
・3 柱の下方に壁の痕跡があり、上部になんらの痕跡もないとき。
9 雨戸の証拠
・1 一本溝の敷居、鴨居の残存、またはそれらがあたった跡。
・2 柱外面の戸ずれ。
・3 戸袋の痕跡。
・4 指物の場合はひばたの欠き取り。
参考文献:『復元的調査および編年(案)』(日本建築学会民家小委員会・昭和35年)
3.添付資料図面、写真の解説
・武並神社本殿(承久2・・1220創立、永生年間1504~20兵火全焼、永禄7・1564再建)
:図1~11 鎌倉後期後半に良く見られる手挟
・円鏡寺楼門(鎌倉後期・永年4・1296)・図1 蟇股(木板)
・日龍峯寺多宝塔(鎌倉後期・1275~1296):図2
・荒木神社本殿(室町後期・明徳元年・1390):図3 面取りが大きい。
・安国寺経蔵(室町中期・応永15・1408):図4 禅宗様、国宝
・阿多由太神社本殿(室町後期・1467~1572):図5 手挟
・国分寺本堂(高山)(室町中期・1393~1466前):龍木鼻。手挟裏面にも装飾。
向拝修理(桃山期・1573~1614)
・願興寺本堂(桃山期・天正9・1581):木鼻、手挟
・横蔵寺本堂(江戸中期・寛文9・1669):図8
・大矢田神社拝殿(江戸中期・寛文11・1671):図9
・大矢田神社本殿(江戸中期・寛文12・1672):図10
・横蔵寺仁王門(江戸中期・延宝2・1674):図11 格天井板に絵。虹梁の若葉。
・横蔵寺寺門(江戸後期・安永7・1778):図12 木鼻(獏、抽象的)
・永照寺本堂(江戸後期・天明3・1783):図13 虹梁の彫りが深くなっている。
・宗猷寺本堂(江戸後期・文政7・1824):図14 虹梁の渦はもうない。
・真宗寺本堂(明治45・1912):図15 外陣に柱なし、小屋裏組は鉄骨トラス組。
髙橋宏之氏講演風景 講演の様子
実際の事例を対象に、修理・活用計画を作成し、討論などを通じ、破損状況に応じた修理方針を立てる(講義②)
NPOあいちヘリテージ協議会理事 有限会社 林技建秀設計室 林秀和氏に講習して頂きました。
文化財建造物の修理・活用の実例
1.伝統構法を守りつつ修理を行うには?重伝建地区内の修理の実例
1 修理建物の写真による概要の解説
・本光寺 本堂修理
・靜巨寺 惣門修理
・智満寺 仁王門修理
・瑞泉寺 本堂修理
・有松 服部家住宅 表蔵 部分修理
・有松 服部家住宅 みせ
・有松 永井家住宅 修理
・有松 服部家住宅 洋館修理
・足助 澤田家住宅 新築修景
・ 足助 新貫家 R4年度修理
・足助 松井家住宅 修理
・足助 中澤家住宅 修理
2 伝統工法(柔構造)と在来工法(剛構造)の違い
【伝統工法】
・やわらかい建物(ゆれて地震に耐える)
・土壁の変形耐力
・仕口のめり込みなど耐力 仕口の変形
・屋根などの軸力を考慮し重くすること
【在来工法】
・堅い建物(ゆれないようにして地震に耐える)
・仕口が変形しないように固める
・高耐力要素が可能
・屋根などは軽いほうがいい
【伝統工法の特徴】(軸組図で解説)
・礎石、延べ石、足固め、土台、通柱、差鴨居、土壁、長ほぞ
・変形量:1/10~1/20
・500~300ミリ程度のゆれ
【在来工法の特徴】(軸組図で解説)
・基礎、アンカーボルト、土台、通柱、管柱、胴差(明治以降から)、筋違、構造用合板、
金物固定
・変形量:1/150~1/200
・20~30ミリ程度のゆれ→ゆれない
3 改修事例解説
【ケース1 足助本町経蔵】
耐震改修及び普及箇所の修理?
・建物概要
土蔵:切妻造桟瓦葺き塗籠造り、桁行2.5間、梁間4間
外壁:塗籠漆喰簓子付下見板張り、東出入口庇付
・被害把握
外壁:既設外壁波トタンを撤去し元々の建物の損傷具合を確認。
塗籠漆喰の鉢巻き部分の剥落。
床下:山からの湧水の為湿気過大、床組の脆弱性。
2階:南東側野地板からの雨漏、腐朽荒壁、中塗りの補修跡から壁、柱、貫などの腐朽具
合を予想。
野地板の腐朽詳細:雨が入り葺き土が流れ出ている。
・補強場所はどこに?
床組み部分の補強方法
湿気対策:床下の残土鋤取り、防湿コンクリート打設。
構造補強:足固めの新設 柱部 :やとい材ケヤキ赤身蟻落とし+埋木
足固め:120×120桧
込栓 :樫材 Φ18
込栓1本で1tのせん断耐力。
足固めとやといを接合する込栓は柱面から4Φ以内に、2本目は1本目から7Φ以上離して
打つ。
土台のほぞはやといで入れた。
ほぞの高さは柱幅まで。ほぞの幅は角材で柱幅の1/3、丸材で1/4が限度。
・補強方法の検討
柱の取り換え方法:柱脚部分 土台の腐朽がない事確認の上、やとい材+込栓にて固定。
柱頭附近部分 長ほぞの車知留め+込栓固止め。
修理柱を建てこむ時に2階床梁挿入しながらの取付。
柱間部分 本貫3段通し貫留め。
・改修内容
屋根:桟瓦葺き葺き替え。
外壁:漆喰(鉢巻き含む)全面塗替。
簓子付下見板張り部分補修、部分取換済。
玄関土間:床高上げ(足固め施工により)。
出入口引き分け戸:既設再利用(鏡板張替三重貼)。
内壁:壁の長期利用の為、通気の為に桧板張り。
【ケース2 足助田町 いづつや】
店としての大開口維持及び2階街道側の開口を含めた意匠の復元?
・建物概要
旧馬喰宿(いわれ):切妻造り桟瓦葺き塗籠造り
棟札:文化元年 1804年(大火のちょっと後)。
桁行6.5間、梁間6間。
外壁:塗籠漆喰 平入。
2階に博打部屋。
阿吽の鬼瓦。
店の開口4.5間、昭和40年代に鉄骨の柱Φ90、2か所で受ける大梁構造に改修。
1階街道側店舗に柱があったところがすべて切断されている(上記鉄骨補強)。
2階街道側の和室の窓は昭和のアルミ窓。アルミ窓を残す改修の方向性で委員と意見相
違)
軒先を600程度拡張した痕跡、塗籠漆喰が残っている。
切断された床梁から延びたほぞ:本来は出庇の出桁を支えるために600mmほど伸びて、
逆蟻で出桁を支えていた。
・改修方針、内容:
足助の街並み→軒先が連続している事が重要。
構造補強と店舗、街並み意匠を優先。
補強用の柱を新設(柱復元)。
真壁を復旧。
昭和に改修した新設柱は残す。
切断された柱を受けている梁を補強する為に柱、差し鴨居、連続させる梁を増設。
柱を建てない出庇改修。
床梁3尺毎に腕木を床梁からボルトで引っ張り、腕木は横ほぞで大梁に差し込み庇の垂れ
を防ぐ。
腕木の先端は既設の出桁を使用する為に同じく横ほぞ+鼻栓で固定。
柱を建てないことが街並みをつくること。
復元に近い軒先。
古い長ほぞは保存。
2階の窓は木戸(雨戸)と紙障子の2連仕様(活用上の意匠で復元ではない)で改修。
【ケース3 足助旧山本金物店】
この大開口を維持したままの耐震改修及び建物の修理?
・建物概要
木造2階建て切妻造り桟瓦葺き。
桁行7.5間、梁間4.5間。
外壁:下見板張りの上波トタン張り。
木製手延べガラス戸8本の4.5間の大開口(鉄骨Φ75、1本支え)。
屋根には穴が開き雨漏れ、腐朽、外部建具からの雨水の侵入、床下からの湧水の問題。
店正面の鉄骨(前出Φ75)補強、床梁受け。
出桁を金物受けで支え。
屋根からの漏水、腐朽菌の発生。
土台は腐朽し無くなった状態。
屋根には、びりびりに破れた白シート。
江戸期の建物に2度増築の履歴。
現況は耐震性ゼロ。
・改修内容
補強案を3案以上検討し最終補強案として内側に構造梁、柱補強、外部の意匠に影響を与
えないように補強梁は「ちぎり」にて接続。
外部意匠として木製建具の復元(4.5間)、亜鉛メッキ鋼板張りの戸袋復元。
まとめ
・改修する建物の創建時代を考慮し補強方法を選択。
・構造補強なのか、意匠優先の補強なのか?
・後世に文化財を残す為に創当時の部材を残す方法を優先する。
・重伝建地区内の伝建物は街並み保存の意味合いが強いが、その中で重要な建物も含まれてお
り、修理には特に注意が必要である。
・補強方法は建物ごとに違うのでその都度考える必要があり、補強方法をなるべく多く蓄えて
おく。
林秀和氏 講演風景 講演の様子